予防歯科とは、虫歯になってからの治療ではなく、ならないように予防する対策方法を指します。予防歯科に有効な手段として、フッ素を使用するフッ素ケアがあります。フッ素は栄養素(ミネラル)として、動物・植物など全ての生き物に含まれ、自然界に存在する約90の元素のうち12番目に多い元素です。フッ素を多く含む食品は魚介類等の海産物やお茶などがあり、フッ素は生体必須栄養素として、1日3mg必要とされています。
またフッ素は自然の海水中に1.3ppm含まれており、これまでの全ての生物の進化を支えてきた大切な物質でもあります。このようにフッ素は、身の回りにある普通の物質であり、健康な歯や骨のための栄養素です。フッ素は反応性の高さから単体では存在しません。様々な物質と結びついてフッ化物として存在しています。
予防歯科で使用されるフッ素ケアには、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化ナトリウム、フッ化スズのフッ化物が用いられます。最も多く使われるフッ化ナトリウムは水に溶けるとフッ化物イオンとなり、海産物やお茶から溶出されるフッ化物イオンと同じもので安全なものです。また工業用触媒や試薬として使用されるフッ化水素は劇物指定されており、フッ素ケアでは使用されていません。フッ素と予防歯科との歴史は、1901年にイタリア・ナポリの火山周辺に住む住民の多くが斑状歯となっていることに着目されたのが始まりです。
斑状歯を持つ住民には虫歯が少なかったことから、要因が飲料水ではないかとの仮説が立てられました。仮説に基づき飲料水中のフッ素と口腔保健に関する調査がアメリカ各地で行われました。1935年頃に飲料水1リットル中に1mgのフッ素イオン濃度では斑状歯を発病することなく、虫歯がきわめて少ないことが確認されました。調査結果に基づき、飲料水にフッ素を添加する実験が1945年アメリカのグランド・ラピッズにおいて開始され、水道水フッ化物濃度を約1ppmに調整することで虫歯を予防できるという有益性が確認されました。
実施地域の小児虫歯は10年間で50~70%減少しています。1940年代には、歯に直接フッ素を作用させる局所応用の研究が始まり、1960年代になると、水道水フッ素添加や各種フッ素応用による虫歯の予防効果を確認する報告が相次ぎ出され、フッ素応用は研究の時代から普及の時代へと変わっていきました。また、フッ素による健康に異常がないことも発表されました。1969、74、78年のWHO総会で水道水フッ素添加を含むフッ素の予防歯科への応用が勧告されています。
フッ素ケアによる予防歯科は乳幼児期から始めることが重要です。乳幼児期から15歳までの時期にフッ素ケアを実践したグループでは、成人に至っても約50%の割合で虫歯抑制効果が持続したとの報告がなされています。乳児期で、乳歯が生え始めたらフッ素ケアを始めます。乳歯は永久歯と違い歯が溶けやすく、虫歯の進行も早いのでフッ素ケアで歯を強化し、虫歯になりにくくします。
ただしフッ素ケアを行ったからといって糖分の取り過ぎは禁物です。3歳までに糖分を過剰に摂取する生活パターンの場合、甘党になることがわかっています。今後虫歯のリスクをずっと背負っていくことになります。幼児期で、生えたての永久歯は歯の表面が弱く、歯の溝も深いために虫歯になる確率が最も高い時期です。
この時期に虫歯治療で歯を削ってしまうと一生涯虫歯治療を続けてしまう可能性があります。そのため永久歯が生えてから2~3年間はフッ素ケアを行う必要があります。成人期は、不規則な生活やストレスなどによって虫歯のリスクが上がります。特にブリッジや部分入れ歯を使用している人は、唾液の流れが悪くなるため虫歯になりやすく再治療のリスクが増加します。
フッ素ケアによって虫歯のリスクが高い箇所を重点的に対策します。フッ素ケアにより、初期虫歯の自然治癒、コーティング作用による歯の強化、虫歯の原因菌(ミュータンス菌)による酸発生の抑制が行なわれます。口の中に存在するミュータンス菌は、歯に付着して歯垢を作り、食べ物に含まれる糖質から酸を作り出します。この酸が、エナメル質の内部から歯の成分であるカルシウムやリンを溶かします。
この現象を脱灰と呼び、歯に歯垢が残ったままでいると、酸がさらに作られて脱灰が進行し、エナメル質の内部はスカスカの状態になり、やがて穴があいて虫歯になります。脱灰により歯の表面が溶かされた状態(初期虫歯状態)の場合、唾液が細菌の作り出した酸を中和して洗い流し、溶け出したカルシウムやリンを歯の表面に戻す働きをします。これを再石灰化といいます。フッ素は再石灰化を促進する効果があり、溶けたエナメル質の修復を手助けすることで初期虫歯を治す効果が期待できます。
またフッ素は歯の表面を構成するエナメル質と結びついて、フルオロアパタイトという硬い皮膜を作り歯の強度を増します。歯が強くなることによって脱灰を防止し、虫歯に強い歯をつくることで予防歯科を実践できます。さらにフッ素ケアを行うとミュータンス菌の活動が抑えられ、酸の量を減らし歯が溶けにくくなります。フッ素ケアは、家庭で行う方法としてフッ素入り歯磨き粉、フッ素入りジェル、フッ素洗口液の使用があり、歯科医院で行う方法としてフッ素塗布があります。
家庭でフッ素ケアをする一般的な方法がフッ素入りの歯磨き粉を使って歯を磨くことです。現在では、ほとんどの歯磨き粉にフッ素が含まれています。歯磨きの後はフッ素成分が流されないように、ゆすぐのは2回くらいで味が残る程度にします。フッ素入りジェルは、歯を磨いた後にジェルを歯に塗ります。
歯ブラシにフッ素入りジェルをのせ、歯に塗っていきます。フッ素洗口液の使い方は、1日1回歯磨きの後に洗口液でうがいをします。寝る前に行うと効果が高くなります。歯科医院で使用されるフッ素は、家庭用の10~20倍ほどの濃度があり、歯の表面に取り込まれると数か月間効果が持続します。
歯科医院で行うフッ素塗布は歯面塗布法、トレー法、イオン導入法の3種類があります。歯面塗布法は、フッ素に浸した綿棒や綿、歯ブラシを使い歯にフッ素を直接塗っていく方法です。トレー法は、トレーと呼ばれるマウスピースにフッ素を入れ、口にくわえます。3~4分程くわえることでフッ素を歯にしみ込ませていく方法です。
イオン導入法は、フッ素を入れたマウスピースを口にくわえた状態で弱い電流を流します。電流は流れていることを感じないほど弱いものですが、フッ素を歯の表面にしっかりと付ける働きがあります。フッ素ケアは容量、用法を守って正しく使えば安全な予防歯科の方法です。フッ素の急性中毒量は、体重1kgあたりフッ素5mgとされます。
4歳児の平均体重は16.5kgですので、急性中毒量は83mgになります。日本で認可されている歯磨き粉やジェルなどのフッ素濃度は1000ppm以下ですので、1g中のフッ素は1mg以下となります。例えば内容量50gの歯磨き粉の場合、フッ素濃度の最大値は50mgとなり、4歳児が丸ごと食べたとしても急性中毒量に届きません。フッ素洗口液は4歳児の場合1回の使用量は約5ミリリットルですので、フッ素濃度の最大値は5mgとなり、16回分を一度に飲み込まない限り急性中毒になることはありません。
またフッ素ケアによりアレルギーを発症する心配もありません。食物アレルギーを引き起こすアレルゲンはタンパク質などの有機物で、フッ素は無機物ですのでアレルギーの原因物質に該当しません。誤ってフッ素入りジェルや洗口液などを多量に飲み込んだ場合は、直後にカルシウムを多く含む牛乳またはアイスクリームを食べることにより、胃内でフッ化カルシウムが形成され胃を刺激することなくフッ素の吸収を阻害することで中毒を防ぐことができます。ただし、必要な場合は医療機関を受診してください。